写真撮るのやめた

よく覚えてないけど

起きたのは7時25分

とりあえず裸眼で大学に行きました

ついた

普通

ゼリー食べた

 

3時間くらい空き時間があったので図書館で本借りた

「クリスマスを探偵と」

一言でいうと逆転サヨナラって感じ

 

ほんで3限4限終わった

絵しりとりした

ライスで始まり

バッガンダム宮殿で終わった

 

ほんで最先端マイクロオフィス権藤ピッチングコーチと

カラオケに行った

想像以上に俺様の声は低かった

終わり

 

今日から日記と最近話題のニュースのレビューをすることにした

 

今日はこれ「写真をとること」

headlines.yahoo.co.jp

この記事を要約すると

「撮影禁止だけど撮影したので出禁にしてやった」

ってわけでその賛否を問う記事

 

俺様はインスタのアカウントを3つもってるので

よく写真はとる

写真フォルダーをみると食べ物と風景ばっかり

でもお店で写真取るときは

極力音が出ないように

音がでる部分をおさえてとってる

普通はみんなパシャパシャ音をさせながら撮っている

その音は他の人からしたらたぶんうるさいし

うるさい以前になによりも下品

 

そもそもなんで写真をとるのかというと

思い出や記録って意味で撮ってる

後からみてそのときのことを思い出すのが楽しいらしい

 

 

授業のスライドやメモなども

写真で撮って終わらせることが多い

あとから見ると授業でやったことが思い出せる

 

つまり写真は思い出

後から見返して

過去にあった楽しかったことやおもろかったことを

思い出してうれしくなってしまうこと

 

ってことで写真フォルダーを見返してみると

いい思い出がたくさんあった

 

野球みに行った写真お酒飲んだ写真

ラーメン食べた写真服を脱いだ写真

映画みた写真

いい思い出がたくさん

 

でもそんな思い出はおもろくない

そんな思い出はいらない

 

 

 

なぜならば

本当に楽しかった思い出や

めっちゃ辛かった思い出は

写真という

血も魂も入ってない無機物で

保存する愚かなことを

神様は望んでないからや

 

なにかを思い出したいとき

自分の胸にてを当てて

自分の魂に問い合わせる

自分の魂は必ずその答えを知っている

 

つまり

写真はいらん

目でみて

肌で感じて

魂で記憶

それで十分